「みんな、そうしてるんだから」
この言葉に、私は昔からずっと違和感がありました。
父によく言われてきた言葉でもあります。
「みんな通る道なんだから」「みんな我慢してやっていくんだから」「特別なことじゃない」
でも私は、言われるたびに思っていました。
——“違う”。
人によって感じ方も、苦しさも、得意も苦手も違う。それなのに「みんなそうしてる」という理由だけで、同じことを同じように進めることが、本当に正解なんだろうか。
そして、わが子が進学校で苦しくなったとき——
私は再び、この問いと向き合うことになりました。
💡 これまでの体験記はこちら
わが子が進学校で限界を迎えてからの日々については、これまで「転学のリアルな実態」や「がんばる子ほど力尽きてしまう理由」として、私の本音をいくつかの記事に分けて綴ってきました。
👉 [進学校から通信制高校への転学は逃げ?不利?|実際に経験して思うこと]
👉 [進学校が合わないのは甘え?|がんばる子ほど力尽きてしまう理由]
今回の記事は、それらの葛藤を経て、大人の“当たり前”という周囲の言葉にぶつかりながらも、「わが子の本当の居場所を選び直す」という決断にいたるまでの、一番深い心の軌跡になります。
この記事でわかること
- 大人の“当たり前”が、子どもの本音や限界を見えなくしてしまう理由
- 進学校の学び方が“その子に合わない”とき、心が静かに削られていく背景
- “耐えられない”は弱さではなく、限界を知らせる大切なサインだという視点
信じて見守るつもりが、子どもを追い詰めてしまうこともある
入学して半年ほど経つ頃には、進学校での生活は、少しずつ苦しいものになっていたのだと思います。
でも、その頃の私は、それに気づけていませんでした。
私は毎日、仕事以外の時間が少なかったため、限られた時間だからこそ、わが子との会話を大切にしていました。
学校のこと、部活のこと、友達のこと。できるだけ、私から話しかける。
相談しやすい空気でいたい。家では、できるだけ笑っていてほしい。
“家の中だけは、安心できる場所であってほしい”
それを大切に、過ごしていました。
だから、私は何でも話してくれていると思い込んでいました。
でも、本当は違ったのです。
私はよく、こんな言葉をかけていました。
「毎日、朝早くから学校に行って、本当にがんばってるよ。すごいよ!」
「それを見てるから、今日も仕事がんばろうって思えるんだよ。ありがとね」
今思えば、その言葉はきっと、がんばり続けなければいけないという、見えない重荷になっていたのかもしれません。
もしがんばれなくなったら、学校に行けなくなったら、親を悩ませてしまう。笑顔を奪ってしまう。
信じてくれているのに、裏切ることになってしまう——。
そんなふうに、感じていたのかもしれません。
本当は、限界なんて、とうに超えていた。それでもわが子は、私に言い出せなかった。
そして、夏休み最終日。やっと、言う決心がついたのだと思います。
あの日、わが子は泣きながら、言いました。

ごめんね、もう無理だ……
そして、少しずつ、今まで言えなかったことを、告白するように話し始めました。
課題も途中から提出できていなかったこと。
机に向かっているだけで、ほとんど勉強ができていなかったこと。
そして——
鉛筆を持つと手が止まり、一文字も書けなくなっていたこと。
その事実を、私はこのとき初めて知りました。
そして、つづけて言いました。

何も言わずに信じてくれていたから、逆に、言えなかった……。
たしかに私は、勉強しなさいとも、宿題やったの?とも、細かく言うことはありませんでした。「信じて、見守っていた」つもりでした。でも、それが逆に、本音を言えなくさせていた。私は、分かっているつもりでした。でも、本当の気持ちは、分かっていなかった。
「そうだったんだね。気づけなくて、ごめんね」
心から、激しい後悔と申し訳なさでいっぱいになりました。
「何のための勉強だろう」答えのない問いに、削られていく心
わが子は、勉強が苦手だったわけではありません。
意味のある学びは、大好きでした。
でも進学校では、大量の課題、容赦ないスピード、「みんな同じ方向を目指す」のが当たり前という学校全体に流れる謎の空気。
先生たちからくり返し言われるのは、「国公立大学進学」というゴールでした。
進路調査でも、「どの国公立大学を目指すのか」が前提になっているように感じられました。
もちろん、それを目標にして入学してきた子も、たくさんいると思います。
そして、その環境が合う子もいます。
ですが、わが子は、入学してしばらく経った頃から、「みんなが同じ方向を目指すことが当たり前」という空気に、少しずつ違和感を抱くようになっていったようです。
わが子が求めていた高校生活は、もっと広く、もっと自由で、もっと“自分の世界を広げる場所”でした。でも現実は、「何のためにがんばっているのだろう」と答えの見えないまま、目の前の課題をこなしていく日々でした。
進学校の学びが “意味のないもの” というわけではありません。
ただ、わが子にとっては、自分の未来と結びつかなかった。
その積み重ねが、静かに、でも確実に、心を削っていったのだと思います。
そして、本来できるはずのことまで、できなくなっていった……。
でもそれは、能力の問題ではなく、
“その子が大切にしている価値観と、学校の価値観が噛み合わなかった”
ただそれだけだったのだと思います。
「みんなが通る道だから」は、本当にその子のための言葉なのか
わが子のことを父に相談したとき、父はこう言いました。
「みんな通ってきた道なんだから」
「みんな少なからず我慢してやっていくんだから」
「学校が嫌だろうが何だろうが、なんとか行かせて卒業させるのが親の役目だろ」
私は思わず、「じゃあ、個性は必要ないの?」と聞きました。
すると父は、「それとこれとは話が違うだろ」と言いました。
でも私には、その“線引き”がどうしても腑に落ちませんでした。
人はそれぞれ、環境の感じ方も考え方も何もかもが違うのに、「みんな同じように耐えられるはずだ」と考えることそのものに、ずっと違和感がありました。

少し、想像してみてください
たとえば——
「辛いものが苦手」という人は、世の中にたくさんいると思います。
少し辛いだけでも涙が出る人もいれば、激辛が大好きな人もいる。
口コミで「辛いものが苦手な私でも、全然大丈夫でした!」と書かれていた料理を注文したのに、実際に食べてみたら、「辛い!無理!」と感じることもあると思います。
そんなとき、「みんなおいしいと言っているんだから、我慢して食べなさい」とは言わないはずです。
一口食べて涙が出るほど辛いと感じているなら、別のものを頼んだり、食べられる人と交換したりするでしょう。
もっと極端に言えば——
強いアレルギーがある人に、「みんな食べているんだから大丈夫」「慣れれば平気になるよ」と言って、みんなと同じものを食べさせる人はいません。その人にとっては、深刻な体調不良や命に関わることだってあるからです。
学校という環境も、それと少し似ているのではないかと思うのです。
周りが平気で通えているからといって、その子も同じように平気とは限らない。
合わない環境で無理を続ければ、心も体も壊れてしまうことがある。
だから私は、「みんなそうしてる」「みんなできている」という理由だけで、苦しさを軽く見てはいけないと思っています。
「目標がないから」では片付けられない、子どもの本当のSOS
進学校の先生からお話があったときも、こう言われました。
「将来の夢や目標がないから、勉強のやる気が出なくなるんですよ」
「目標があれば勉強のやる気も出るし、やる気が出れば、勉強も楽しくなってくるんですよ」
その瞬間、私は思いました。
——この話は、きっと噛み合わない。
父のときと同じように、どれだけ言葉を重ねても、見ている前提そのものが違うのだと思ったのです。
もちろん、先生に悪気があったわけではないと思います。
教育現場ではよく使われる考え方ですし、実際にその言葉で前向きになれる子もいるのでしょう。
でも当時のわが子は、限界をとうに超えている状態でした。
将来の夢や目標を考える以前に、毎日学校へ行くだけで精一杯だったのです。
精神的にも追い詰められ、進学校という環境そのものが恐怖に近いものになっていました。
そんな状態だったにもかかわらず、「目標がないから」という説明だけで苦しさが整理されてしまうことに、私は強い違和感を覚えました。
わが子が発していたSOSは、目標の有無で説明できるものではなかったからです。
部活では誰よりも努力していました。先生も、その姿を見てくださっていたと思います。だからこそ、助けを必要としているときに聞こえてきたのが、「どう支えるか」ではなく、「なぜやる気が出ないのか」という説明だったことが、私にはとても切なく感じられました。
そのとき初めて私は、「学校に合わせる方法」ではなく、「わが子に合う場所を探す方法」を考えなければならないのだと思いました。
責めたいわけではありません。
ただ、これ以上相談を重ねても、この認識のズレは埋まらないだろうと感じたのです。
そして私は、わが子に合う次の環境を探そうと決意しました。
転学は逃げじゃない|本当の居場所を選ぶということ
「この選択をして、子どもの将来は大丈夫だろうか」
転学を決意したあのとき、親としてそう不安にならなかったと言えば嘘になります。
もしあのとき、「もう少しがんばれば、いつか慣れるかもしれない」と期待して、無理にあの場所に引きとめていたらどうなっていただろう……。
そう思うと、今でも胸がザワつきます。
毎日、泣きそうなのを必死に我慢して、張り詰めた心を抑え込むようにして登校する日々。
それはいつしか、子どもの心に深い傷として残ってしまいます。
そして将来、似たような壁にぶつかったとき、その記憶がよみがえることもあります。
実際に今でも、「あの頃の経験が影響しているのかもしれない」と感じる場面があります。
でも、思い切って一歩を踏み出し、通信制高校という新しい世界を知った今だからこそ、私は心から思えるのです。
あの日、学校を変えたことは、決して後ろ向きな「逃げ」ではなかった、と。
せっかくの素晴らしい個性や強みを、「みんなそうしてる」という大人の言葉で押し込めてしまうことほど、もったいないことはありません。
“耐えられない”
それは、心が弱いからでも、根性がないからでもありません。
その環境が、どうしてもその子の体質に合わなかっただけ。
「ここは違う」「自分に合う場所は、ほかにある」そう感じるようになったとき、心と体が、「このままでは苦しいよ」と知らせてくれていたのだと思います。
それは、努力や我慢だけではどうにもならない、限界を知らせる、大切なSOSだったのです。
学校を変えることは、決して後ろ向きなことではありません。
子どもにとっての「本当の居場所」 を選びなおすということ。
周りの価値観(世間の正解)とぶつかり、葛藤しながらも、前向きに次のステップへ進むための「決断」だと思っています。
あの息苦しい空気から解放されたことで、わが子も本来持っていたエネルギーをどんどん発揮できるようになっていきました。
もし今、学校が合わなくて、身動きが取れなくなっているお子さんを前に悩んでいる方がいたら、どうか自分たちを責めないでください。
無理を続けることだけが、正解ではない。
耐えられないのは、弱いからじゃない。
その子に合った、本当の居場所を見つけるための大切な一歩なのだと、今の私は心から思っています。
私は、この経験を通して、「進学校を辞めることは逃げではない」「苦しくなるのは甘えではない」
そして、「みんなと同じでなくてもいい」ということを学びました。
あの頃のわが家と同じように悩んでいる方へ。
わが家が遠回りしながら学んだことが、少しでも気持ちを軽くしたり、「この子に合う道は、ほかにもあるかもしれない」そう考えるきっかけになれたなら、こんなにうれしいことはありません。
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