「毎日、学校へ行くための支度をギリギリまで迷っているわが子。
それを横目で見ながら、私の胸は張り裂けそうでした。
追い打ちをかけるように、学校の担任からかかってくる
『もっとがんばれ!って言っておきます』という的外れな電話。
傷ついていくわが子を目の前に、何度眠れない夜を過ごしたことでしょう。
もし今、そんな『学校側の言葉』と『わが子の本心』の狭間で、憤りを感じているなら――。
この記事が、悩み、苦しみ、不安を抱えるあなたの心に、
少しでも寄り添えたらうれしいです。

夜、眠れなくなるくらい悩んだ時期もあったな…
この記事でわかること
- 担任からかけられた「がんばれ」という言葉が、なぜわが子を追い詰めたのか
- 「親が勝手に決めてはいけない」という言葉に、どう向き合えばいいのか
- 周囲の「正論」と、親の「直感」のどちらを信じるべきか
成績よりも、子どものSOSに気づいてほしかった
夏休み前、
担任の先生からかかってきた成績に関する電話は、今でも忘れられません……。
「今回なんですけど、お母さんが見たことのないような成績ですよ」
びっくりするといけないから連絡した、という言葉の裏には、
子どもを心配する温かさではなく、事務的な報告だけがありました。
部活の顧問としても、子どもの努力を一番近くで見ていたはずなのに……。
「がんばれ」という言葉が、今のわが子には「重すぎる重圧」に
自分がつらいときでも、友だちの悩みを聞いてしまうような子です。
「学校では明るく振る舞っているけれど、本当は誰にも悩みを言えていないんです」
「“がんばれ” という言葉は、今のあの子には一番つらい言葉なんです」
「あの子のがんばりを一番近くで見てきた先生なら、十分がんばってきたのはわかるはずです」
「だからどうかこれ以上 “がんばれ” と言わないでください」
そう懇願したにもかかわらず、その後も顔を合わせるたびに、くり返される「がんばれ」の言葉。
先生の善意は、心の灯火が消えかけていた子どもには、
重すぎる重圧となってのしかかっていました。
「親が勝手に決めてはダメ」という無責任な言葉
夏休み明け、
「もう学校に行くのは無理かもしれない。転校を考えている」
と電話で伝えました。
それに対し返ってきた言葉は、
子どもの体調を心配する声ではなく、ただの『親へのダメ出し』でした。
「親が勝手に決めてはダメですよ」
「夏休み明けはこういう子がすごく多いです。みんな同じです、これが普通です」
「目標がないからやる気がないだけ、何がやりたいのかを家族間で話してますか?」
そんな言葉を聞いた瞬間、私は悟りました。
この学校は、わが子を救う場所ではないのだと。
「わが子の味方でいたい」そう願うあなたへ

先生の『普通』という言葉に、何度 ❝違和感❞ を感じたことか……。
もし今、同じような違和感を抱いているとしたなら、
その感覚は間違っていません。
親として、❝わが子のSOSに耳を傾ける❞
それは決して「甘やかし」ではなく、
子どもが自分を取り戻すための、何より大切な第一歩だと信じています。
先生の言葉に傷つき、孤独を感じているお母さんやお父さん。
「何かがおかしい」という親の直感は、きっと間違っていません。
周囲の正論よりも、目の前で苦しんでいるわが子の一番の味方でありたい。
そう思うことは、親として当然の願いではないでしょうか。
次回の記事では、絶望の中で出会ったスクールカウンセラーが、
どうやって私たち親子に「光」を差し込んでくれたのかをお話しします👇


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